母の思い
私の母親は元々彼との付き合い自体に難色を示していた。そして結婚して私の地元に住むことを報告すると、やはり反対をした。
反対する理由はわたしからしてみれば大した問題ではなかった。
しかし、田舎の方や親世代の人たちからすると顔をしかめるような事柄ではあった。
それは十分に分かってはいたけれど、会ったこともない人を批判する親の神経を疑った。
今までにないくらいの大喧嘩をした。私が冷静に話をしていても親は聞く耳を持たない。
彼が亡くなったことを伝えたとき、親は親で自分を責めていた。私が結婚を反対したせいでごめんなさいと言った。ふざけるなと思った。今更遅いんだよと。
だけど、きっと、そんなことが理由じゃない、死にたくなるような気持ちになるのは色々な事柄が複合的に絡まって、心の中に渦巻いている状態だと思う。決定的にこれだ!ということは言えない。一生分からない。
けれど、引き金の一つにはなったのかもしれないとは自意識過剰ながら思う。だって、彼は田舎に逃げたかったのだ。私との結婚がどうこうではない。彼の逃げ道を1つ失わせてしまったことは目をそらせない1つの事実ではある。私はこれでもかと母親を責めた。母親を責めることで自分の心が軽くなったかというとそんなことはない。でも、そうするしか他なかった。
誰かを責めることで大切な自分の母親を責めることで、自分自身を傷つけることにもなる。
亡くなる月の2ヶ月後に、彼はわたしの親に挨拶に行くと言っていた。遺書にも、お母さんと喧嘩までさせてしまったのに挨拶に行けなくなったことに対して謝罪の言葉があった。
その一文は、わたしが自分を責めないようにと親を責めないように、それが原因ではないんだよという彼の思いだと受け取った。一生、答えは出ないけれど、わたしはそう思うことにした。
それでも私は今でも母親を避けている。
そんなこと彼は望んでないよとか、あなたが幸せになることを彼は望んでいるんだよ、などというような人たちは、薄っぺらい。
あなたたちに彼の何が分かるというのだ。
彼がそんな人間ではないことなんか、そんなことなんか、私が一番よく分かっている。
そうゆう問題じゃないんだよ。
彼が母親に挨拶に行くことさえ、私の母は拒否した。もう何も言わないからそちらで2人で幸せになってくださいと言ってきた。
まさか母親も彼が命を絶つなんて思わなかったろう。
彼は、反対されるのも仕方ないと思うよ、会ったことない得体が知れない人間だからそれは当たり前のことだよ。ちゃんと分かってもらえるよう話すからと言っていた。どんだけ優しいんだよ、、だけれどその裏側で、彼は自分の母親に相談をしていたようだ。それは、彼が亡くなった後、彼のお母さんから聞いた。
『あの子に、彼女の親に結婚を反対されてるって相談された時、私が娘を持つ親だったら私でも反対すると思うよと言ってしまったんだよ』そんな話をしてくれた。
反対だとか賛成だとか、正直わたしには関係なかった。彼とは一緒になるんだと思っていたし、彼に直接会えば母親は賛成するという自信があった。
私は子を持つ親の気持ちは分からない。母は母で苦しいと思う。辛いと思う。それは分かる。だけど、私の母の苦しみなんか彼の母の苦しみを思うと。比べるものではないことも分かってます。分かってるんです。
私を責めたっていいのに、彼のお母さんは、ごめんね、本当に馬鹿な息子でごめんねと言っていた。どんな思いで。どんな苦しみの中、そんな言葉を私にかけたことだろう。
私は子どもを持つことが怖い。どう育てたらいいか分からない。大切に育てた子どもが、彼のようになってしまったら、私のようになってしまったら、、
祖母の家に滞在する私に母親からメモが届いた。
『健康で、幸福でありますように』
お母さん、もう少しまっててください。もう少し時間をください。
責めてごめん。許せなくてごめん。
それだけあなたに甘えてしまっている自分でごめん。